法規・外部制約の整理
「技術的にできること」と「やっていいこと」を分離する。最も後戻りのできない法規調査。
1. 行政から見ると、この活動は何に当たるか
液体ロケットを個人〜小規模で扱うとき、関係する法律が 5 本あります。
所管する官庁はばらばらで、「届出」「許可」「禁止」が切り替わる量のラインも法律ごとに別です。
どれが自分に当たるかは、何をどれだけ扱うかで決まります。
第 1 回で書いたとおり、本プロジェクトの初期活動は次のようなものです。
- エンジン単体を対象(機体・誘導系は対象外)
- 地上・水平・固定で燃焼試験を行う(飛翔させない)
- 短時間燃焼(数秒〜十数秒)
- 私有地での実験
これを法律の側から見ると、こう分類されます。
- 「飛翔体」ではない → 航空法・人工衛星法の主な規制対象外
- 「火薬類」の使用 → 点火に火薬を使う場合のみ(後述)
- 「危険物」の貯蔵・取扱 → 燃料・酸化剤の種類と量による
- 「高圧ガス」の貯蔵・消費 → 加圧ガス・酸素の量による
- 「無線局」の開設 → テレメトリを使う場合のみ
この 5 つのうち、先頭の「飛翔体」と末尾の「無線局」は今の活動では引っかかりません。
「火薬類」も、点火に火薬を使わないと決めたので対象外にできます(2 章)。
残る「危険物」「高圧ガス」が、そのまま消防法・高圧ガス保安法に対応します。
航空法と電波法が出てくるのは、飛翔試験に進むときと、無線テレメトリを載せるときです。
2. 火薬類取締法
液体ロケットの推進剤そのものは、火薬類取締法の「火薬類」には当たりません(※1)。
ヒドラジン等の自己分解性のあるものは別ですが、エタノール / LOX、液化メタン / LOX、灯油(ケロシン) / LOXのような組み合わせは「火薬」ではありません。
燃料側が消防法の危険物、酸化剤側が高圧ガス保安法の管轄になります。
用語:本記事では「ケロシン系」と呼ぶ場合、家庭用市販のJIS 1号灯油を指します。
航空宇宙仕様のRP-1 は個人入手がほぼ不可なので、本プロジェクトでは灯油を実用候補としています(用語集 参照)。
火薬類取締法が適用されるのは、主に点火薬側です。
液体エンジンを点火する際、何らかの着火源(パイロイグナイタ・スパーカー等)が必要になります。
着火源の選び方は、大きく 2 通りあります。
(a) 電気スパーカーで点火する
高電圧の火花放電で混合気に着火する装置です(自動車のスパークプラグと同じ原理)。
着火源として火薬類を使わないため、火薬類取締法の対象外です。
代わりに、高エネルギーの火花を確実に飛ばす回路と、自立燃焼(推進剤が自力で安定燃焼を続ける状態)へ移るまでの手順を、こちらで設計します。
(b) パイロイグナイタ(火薬)で点火する
少量でも「火薬類」に該当する場合、原則として都道府県知事の許可が必要です。
ただし、モデルロケット用のイグナイタ程度であれば、日本モデルロケット協会(JAR)の自主消費基準の枠内で消費できるルートが存在します(※2)。
JARの自主消費基準は、火薬類取締法施行規則第 56 条の 3 の 2(※7)に沿って、保安距離や取扱方法を具体的に決めたものです。
点火薬だけに使う場合でも、この枠を超えるかどうかは事前に確認が要ります。
方針:電気スパーカーで点火する
点火は 電気スパーカー で行い、火薬類は使いません。
火薬を使うと原則として許可が要り、JARの枠に収まるかどうかも毎回確認が必要になります。
スパーカーなら火薬類取締法の対象外で、電気信号で遠隔操作しやすい点も試験に合っています。
3. 消防法(危険物)
燃料のうち、エタノールや灯油のように常温で液体のものは、消防法でいう第四類危険物(引火性液体)に当たります(※3)。
危険物には種類ごとに「この量から先は厳しく規制する」という基準量が決まっていて、これを指定数量と呼びます。
指定数量以上を貯蔵したり取り扱ったりするなら、「危険物施設」として市町村長等の許可が要ります(消防法第 11 条、※8)。
メタン(CH₄)は常温・常圧では気体のため、消防法の「危険物」(引火性液体)には該当しません。
液体ロケット燃料として使う液化メタン(LCH₄、極低温で液化)は高圧ガス保安法の管理対象なので、次章で扱います。
指定数量未満でも「届出」が必要なライン
指定数量未満であっても、一定量を超えれば少量危険物として届出の対象になります。
ここは条文の構造に少し癖があります。
消防法第 9 条の 4(※8)が市町村条例に委ねているのは貯蔵・取扱いの技術上の基準で、届出の義務そのものは各自治体の火災予防条例が定めています。
だから基準の数字は自治体ごとに違います(※3)。
- 標準(消防庁基準):指定数量の 1/5 以上 1 未満
- 一部自治体(さいたま市・堺市など):個人住宅は 1/2 以上、事業所は 1/5 以上
燃料ごとに、届出が必要になる量を並べるとこうなります。
| 燃料 | 指定数量 | 標準(1/5) | 1/2 基準(個人住宅) | 分類 |
|---|---|---|---|---|
| エタノール | 400L | 80L 以上 | 200L 以上 | アルコール類 |
| 灯油(JIS 1号) | 1,000L | 200L 以上 | 500L 以上 | 第二石油類(非水溶性) |
燃焼試験で常時置いておくのは数L〜数十Lの見込みなので、どちらの燃料でも、多くの自治体で届出のラインには届きません。
ただし条例の数字は自治体ごとに違うので、実施前に必ず確認します。
通風や火気管理といった取扱基準も、条例に沿って守ります。
酸素(GOX / LOX)の扱い
酸素は引火性液体ではないので、気体(GOX)でも液体(LOX)でも消防法の「危険物」ではありません。
酸素を規制するのは、次の高圧ガス保安法です。
液体ロケット推進剤としての届出
参考になるのは十勝総合振興局がまとめている資料です(※5)。
ここには「液体ロケットの推進剤としてエチルアルコール等の引火性液体を使用する場合は、消防庁で定める基準に基づき、消防長への届出が必要」と明記されています。
消費量が少量危険物のラインを下回っていても、ロケット試験という用途そのものについては消防に相談しておいたほうがよさそうです。
4. 高圧ガス保安法
私たちのエンジンで登場するのは、酸化剤のGOX(気体酸素)と、タンクの加圧や配管のパージ(配管に残った推進剤を、燃えないガスで押し出す作業)に使うガス(GN₂ / GHe)です。
当初は酸化剤にLOX(液化酸素)を考えていましたが、入手と保管の壁があり、第 6 回でGOXに切り替えました。
推進剤をタンクから送り出す方式(圧送式かポンプ式か)はまだ決めていませんが、どちらでもタンクの加圧は要るので、加圧ガスはまず避けられません。
燃料を液化メタン(LCH₄)にした場合も、ここに入ります。
これらはすべて高圧ガス保安法の規制対象です(※4)。
ボンベを何本まで置けるか(貯蔵所)
高圧ガスをたくさん置いておくなら、ただの物置ではいけません。
一定量以上の高圧ガスをためる場所は「貯蔵所」として、あらかじめ都道府県知事に届け出るか、許可を受ける必要があります(法第 16 条・第 17 条の 2、※9)。
届出で済むのが「第二種貯蔵所」、許可が要るのが「第一種貯蔵所」です。
どれだけためると許可に切り替わるかはガスの種類で変わり、種類によっては最初から許可になります。
どちらの場合も、入口になるのは容積 300m³ です。
GOXの 47L ボンベは約 150bar で詰められているので、大気圧に戻すと 47L × 約 150 倍で、1 本あたり約 7m³ になります。
300m³ はボンベにして約 40 本分です。
窒素やヘリウムのボンベも、同じ 47L・150bar なら 1 本あたり約 7m³ です。
GOXと合わせても置くのは数本の見込みなので、貯蔵所には当たりません。
特定高圧ガス消費者届
液化酸素(LOX)は「特定高圧ガス」に指定されていて、貯蔵設備が 3,000kg 以上なら都道府県知事への届出が要ります(法第 24 条の 2 ※9、施行令第 7 条第 2 項 ※10)。
圧縮した気体の酸素(GOX)はこの指定に入っていないので、私たちは対象外です。
「製造」に当たるかは相談する
高圧ガス保安法でいう「製造」は、工場でガスを作ることだけではありません。
ガスを圧縮する、液化・気化させる、容器に詰めるといった、高圧ガスの状態を作り出す操作も「製造」に当たることがあります。
私たちの構成なら、ボンベのN₂やGOXをレギュレータで調圧してタンクや配管に送る操作が、ここに当たるかどうかがはっきりしません。
見落としやすいのは、届出で済む小規模な製造(第二種製造者)には量の下限がないことです(法第 5 条、※9)。
「少量だから関係ない」とは言い切れません。
一方で条文の対象は「製造の事業を行う者」で、私たちのような個人の試験がこの「事業」に当たるかどうかも、条文だけでは判断できませんでした。
この 2 点は、配管の構成が固まった段階で、所管の都道府県(北海道なら振興局、東京なら東京都環境局)に相談します。
届出が要らなくても守る基準
届出や貯蔵所に当たらない量でも、守る技術基準は残ります。
酸素を消費するときは、量に関係なく一般高圧ガス保安規則第 60 条の基準に従います(法第 24 条の 5 ※9、一般則第 59 条 ※11)。
設備から 5m 以内での火気の禁止や、バルブ・器具の油脂分の除去などです。
ボンベの貯蔵にも、ごく少量を除いて技術基準があります(法第 15 条 ※9)。
どちらも、ボンベを置き始める前に中身を確認して手順に入れます。
5. その他の法律(飛翔・無線・土地利用)
地上燃焼試験だけなら、ここに挙げる法律はほとんど出てきません。
無線を使うかどうかで関係してくる電波法だけ、少し先回りして見ておきます。
航空法
ロケットの打上げのように航空機の飛行に影響を及ぼすおそれのある行為は、航空法第 134 条の 3 が規制しています(※6)。
飛ばす段階になれば、空域と高さに応じて国土交通大臣の許可か通報が要ります。
地上固定の燃焼試験は対象外です。
電波法
テレメトリや遠隔操作で電波を使う場合、原則は総務大臣の無線局免許が必要です(電波法第 4 条、※13)。
ただし技術基準適合証明(技適)を受けた機器だけを使い、特定小電力無線局の範囲に収めるなら、免許は要りません(同条第 3 号、電波法施行規則第 6 条第 4 項第 2 号 ※14)。
無線を使うときは、この範囲で設計します。
当面は関係しない法律
人工衛星法(衛星を打ち上げる場合)、道路交通法・道路法(道路に警戒区域をかける場合)、河川法・海岸法(河川・海岸を立ち入り禁止にする場合)は、私有地での地上試験では出てきません。
6. 私有地内でも残る責任・条例
火薬・危険物・高圧ガスの 3 法からは外れますが、無視できない責任と条例が残ります。
民事責任
騒音・振動・火災の延焼・部品の飛散で隣家に被害を出せば、民法 709 条(※12)の不法行為として損害賠償の責任を負います。
「私有地内で完結している」ことは、この責任を何も免除しません。
火災については失火責任法(明治 32 年法律 40 号)があり、通常の過失なら賠償を免れます。
ただし重過失があれば同法は適用されず、隣家火災の全額を賠償することになります。
燃焼試験で「重過失」と判断されるリスクは、通常の火気の使用より高いと見ています。
地方環境条例(騒音・振動)
燃焼試験装置は騒音規制法・振動規制法の「特定施設」には含まれません。
ただし都道府県・市町村の環境保全条例(例:東京都環境確保条例)の規制基準には、そのまま抵触するおそれがあります。
液体ロケットの燃焼試験は数十m離れても 80dB を超えることが多く、深夜の騒音や敷地境界での規制値超過が問題になります。
廃棄物処理法
未燃焼のエタノール、汚染水、廃燃料は事業系廃棄物として処理します。
下水や地面には流出させません。
7. 個人/小規模として越えてはいけないライン
燃料・ガス・点火
- 燃料の常時保管量は指定数量の 1/5 未満(エタノールなら 80L 未満、灯油なら 200L 未満)。最も厳しい標準基準を下回っておけば、自治体条例によらず少量危険物の届出対象にならない
- GOXボンベの保管は、貯蔵所の届出・許可が必要になるライン(300m³、47L ボンベで約 40 本)より十分少ない本数にとどめる
- 点火に火薬類は使わない(電気スパーカーで点火し、火薬類取締法の許可が要らない状態を保つ)
- 高圧ガスの貯蔵・酸素の消費の技術基準を、ボンベを置き始める前に確認して手順に入れる
- 異常時には遠隔で停止できる構成を維持する(テストスタンドの要件と一致)
試験場所
- 私有地内で完結させる(道路・河川・海岸を占有しない)。ただし民事責任・地方条例は残る点は認識する
- 落下区域は設定しない(飛翔させない)
- 周辺住宅・建物との距離は、JAR自主消費基準の保安距離を最低ラインとして参考にする(電気スパーカー点火なので本来は対象外だが、周囲を守る目安として使う)
- 敷地境界での騒音レベルを事前確認する(地方環境条例対応、深夜帯の実施は避ける)
試験の進め方
- 調圧・加圧の操作が「製造」に当たるか、個人の試験が「製造の事業」に当たるかを所管庁に事前確認する(小規模な製造には量の下限が無いため)
- 試験のたびに、所轄消防署・所轄警察署・自治体(市町村)・近隣住民に事前連絡を入れる
- 試験記録(日時・気象・参加者・推進剤量・点火方式)を文書として残す
確定したこと
- 点火方式:電気スパーカー(火薬類は使わず、火薬類取締法の許可を不要にする)
- 試験場所:私有地内で完結(民事責任・地方条例は残る)
- 試験形態:飛翔させない(航空法の適用を回避)
- 推進剤の常時保管量:エタノール・灯油とも数十L程度(少量危険物の届出ラインに届かない範囲)
- 酸化剤:GOX(47L 高圧ボンベ)。特定高圧ガス消費者届の対象外(指定されているのは液化酸素)
- 個人/小規模で実行可能なライン内に本プロジェクトが収まる見込み(自治体・所管庁への個別照会必須)
残課題
- 試験予定地の自治体・所轄消防署・所轄警察署への初期相談
- 試験地の物理的条件(隣家までの距離、風向き、避難経路)の実地確認
- 調圧・加圧の操作が「製造」に、個人の試験が「製造の事業」に当たるかの所管庁への事前確認
- 燃料の最終候補確定後の少量危険物届出要否の最終確認(該当自治体条例に基づく)
個別照会先(実施前必須)
試験の前に、少なくともここには個別に問い合わせます。
- 所轄消防署:市町村火災予防条例、少量危険物届出、液体ロケット推進剤としての届出要否
- 所轄警察署:試験実施の事前連絡、周辺への影響対応
- 都道府県 高圧ガス担当課:調圧・加圧が「製造」に当たるか、個人の試験が「製造の事業」に当たるか
- 地方総合通信局:電波法・無線局免許(テレメトリ等使用時)
- 該当自治体:環境保全条例(騒音・振動)、廃棄物処理
参考リンク
※2: 自主消費基準 - 特定非営利活動法人 日本モデルロケット協会
※3: 危険物政令別表第三(指定数量早見表) - 消防庁e-college(原典:危険物の規制に関する政令 - e-Gov)
※5: 打上実験に係る関係法令等の情報 - 北海道十勝総合振興局
※6: 航空機の飛行に影響を及ぼすおそれのある行為 - 国土交通省(条文:航空法 第 134 条の 3 - Lawzilla)
※7: 火薬類取締法施行規則 第 56 条の 3 の 2(模型ロケットに用いられる火薬類の消費) - Lawzilla
※8: 消防法 - e-Gov法令検索
※12: 民法 - e-Gov法令検索
※13: 電波法 - e-Gov法令検索
※14: 電波法施行規則 - e-Gov法令検索